大阪高等裁判所 昭和43年(う)1131号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕即ち、右各証拠によると、被告人は普通貨物自動車を運転して奈良県大和高田市方面から同県御所市方面に向い国道二四号線を時速約四〇粁で南進し、同県北葛城郡新庄町大字南花内八九番地附近に差しかかつた際、道路右側(西側)のレストラン月光で昼食しようと考え、同レストランの駐車場へ乗り入れるため、対向車線の北行車道を右折横断しようとして、約一〇〇米手前から方向指示器によつて横断の合図をしながら中央線に寄つて減速徐行して進行し、ハンドルを右に切つて車首を南西方向に向けて中央線の直前附近で一時停車したこと、そして対向車線の北行車道を北進する車両の有無を確めたところ、折柄北進して来る普通乗用自動車(以下乗用車と称する)を認めたが、同車以外には他に北進する車両は見当らず、かつ同車との距離関係から同車に先行して安全に右折横断できるものと考え、右駐車場で被告人車を誘導していた藪内敏夫の指示に従つて右斜の状態で横断を開始したところ、約5.6米進行して中央線を越え北行車道に乗り入れた時左前方約一四米の地点に吉村進運転の第二種原動機付自転車(以下単車と称する)が北進して来ているのを認め、衝突の危険を感じて直ちに急停車の措置をとつたが、被告人車の右前照灯附近が右単車と接触して右吉村を転倒させ、よつて同人に原判示の如き傷害を負わせるに至つたことが認められる。
そこで、被告人が右貨物自動車を運転して、その進行していた南行車道から対向車線の北行車道に向つて右折横断を開始した際に、北行車道を北進して来る車両の有無、動静等進路左方を注視して安全を確認するうえに粗漏がなかつたかどうかについて考察してみるのに、右各証拠によると、まず被告人は右折横断を開始する時に左前方約五〇米の北行車道上の地点に対向北進して来る乗用車一台を現認したことが認められる。もつとも右の約五〇米という距離については、所論は約一五〇米と主張するのであるが、原判決挙示の司法警察員作成の実況見分調書(本件事故直後に行なわれたもので、当時はスリップ痕も印されており、被告人自ら右実況見分に立会い、その鮮明な記憶に基づいて各関係地点を指示説明し、それによつて検尺などがなされたものであることを考慮すると、この実況見分調書の記載は相当正確であり、最も信用力が強いものと思われる。)、原審の検証調書、原審証人藪内敏夫に対する尋問調書、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書を総合すると、被告人は右貨物自動車を運転して時速約七粁の速度で幅員約9.5米の本件道路の南行車道上で右道路中央線に近接した位置に停車していた地点から、右中央線を越えて北行車道(幅員約4.75米)に向つて右斜の状態で5.6米横断進行したときに左前方約一四米の地点に吉村運転の単車が北進して来ているのを認めて急制動をかけ1.9米進行して停車したこと、被告人車が右の如く5.6米進行した時には、右乗用車は被告人車の後方を通り過して被告人車から約一九米北方の地点に達していたこと(この点はレストラン月光の駐車場に佇立して被告人車を誘導していた藪内敏夫が、右乗用車が被告人車の後方を通り過ぎて約一九米北方の地点に達した頃右吉村運転の単車が急制動をした音を聞いてその方を見ると右単車が横すべりのような状態になりながら被告人車の右前部に接触したのを目撃していること、右吉村運転の単車が被告人車と接触した地点までに約六米のスリップ痕があり、右吉村運転の単車は原審における同人の供述に徴して時速約三五粁乃至四〇粁で進行していたと認められるので、右スリップ痕の始まる約五米手前附近の地点から急制動をかけたと思料されるところ、右の地点が被告人が右単車を左前方約一四米に現認したという地点にほぼ合致することから、被告人車が右の如く横断開始地点から5.6米進行した地点で急制動をかけた時に、右乗用車は被告人車から約一九米北方の地点に達していたものと認められる。)そして被告人車が右の5.6米を進行するのに要した時間は、被告人車の時速は約七粁であるからその秒速は約1.9米であり、それに被告人車は当初停車していた態勢から進行を始めたものであることを配慮すると、約四秒であると認められること、そうすると右の約四秒間に右乗用車は時速約六〇粁(秒速約16.6米)で進行し被告人車の後方を通り過ぎて約一九米前方の地点に達していたことに徴すると、右乗用車は被告人車が右折横断を開始する際には、被告人車の左前方(南方)約四七米の北行車道上の地点に位置していたことになり、従つて被告人が本件事故直後行なわれた実況見分の際、左前方約五〇米に乗用車を認めた旨指示したことは、極めて合理性があるものというべきである。さらに右の各認定事実に照らすと、時速約三五粁乃至四〇粁で進行していた右吉村運転の単車は、被告人車が右折横断を開始してから約四秒を要して5.6米進行した時に、被告人車の左方(南方)約一四米の地点に達していたことになるので、右単車の秒速約9.7米乃至11米であることに徴すると、被告人車が右折横断を開始する時には、その左方(南方)約五三米乃至五八米の北行車道上の地点で、右乗用車の後方約六米乃至一一米の地点を同車に追尾しながら進行していたものと認められる。
若し所論の如く横断開始の際に乗用車が左前方約一五〇米の地点にいたものとすれば、前記の如く約四秒間に約一六〇米以上も進行したことになり、秒速約四〇米以上、時速約一四〇粁以上の速度で進行したことになり、このような超速度で進行したと認められる証跡は記録上全然発見できないから、所論の約一五〇米の主張は全く合理性がなく採用できないこと明らである。
なお、原判決には被告人が右貨物自動車を運転してレストラン月光の附近にさしかかつて一旦停車し、同食堂の駐車場へ乗り入れるため右折しようとした際反対方向から乗用自動車が北進して来るのを左前方約一五〇米に認めた旨判示されているが、右の時点が右折横断を開始した時点であると厳密に限定して判示しているものとは解されないので、右判示は未だ前示認定と抵触するものではないというべきある。
ところで、本件の如き右折横断に際しては対向直進して来る車両の正常な交通を妨害するおそれがない状況であることを確認したうえで、横断すべきものであることは道路交通法第二五条の二第一項に規定されているところであつて、右の状況は横断しようとする道路の幅員、横断中の速度、対向直進して来る車両との距離、同車両の速度等の具体的な状況に徴して判断すべきものであるが、前示の如く被告人車は時速約七粁の速度で幅員約4.7米の右北行車道を右斜の状態で横断しようとしたものであること、その際被告人車より約五〇米南方の地点から右乗用車が時速約六〇粁(秒速約16.6米)の速度で北進して来ており、また右吉村運転の単車がその後方約六米乃至一一米附近を時速約三五粁乃至四〇粁の速度で同車に追尾して進行していたものであること等を考察すると、被告人が本件の右折横断に際し対向北進して来る車両の正常な交通を妨害するおそれはなく、またこれ等車両との接触の危険もないと判断して横断を開始したのは、自動車運転者として慎重な配慮を欠いた軽率な態度であつたといわざるを得ない。そしてその結果対向北進する車両の正常な交通を妨害し、また衝突の危険が存したことは、時速約六〇粁の乗用車は約三秒で約五〇米進行することに徴し、かつ現に右乗用車が右折横断中の被告人車を現認しその後方を反対車線上に進出して通過することにより辛うじて被告人車との接触を避けていることに徴しても明らかである。本件現場附近は直線道路で、南方約六〇〇米先まで見とおしがきき、被告人が横断開始当時には、約五〇米南方の前記乗用車(およびこれに近接の単車)以外には、後続の対向車が見えなかつたのであるから、この場合、被告人としては前記乗用車(および近接の単車)の正常な交通を妨害することなく、右車両を優先通過させるため横断を差し控え、その通過を待つて横断を開始すべきであり、当時の交通の状況からみて、そのような措置に出ることは安全かつ容易であつたと思料されるのである。
そこで、次に被告人運転の貨物自動車が右吉村進運転の単車と前示の如く接触するに至つた経緯について考究してみるのに、被告人車が右斜の状態で横断を開始して時速約七粁で5.6米進行して本件道路の中央線を越えて対向車線の北行車道内に進出したとき、同車道上を北進して来た右吉村運転の単車を左前方(南方)約一四米の地点に始めて発見し、直ちに急制動の措置をとつたが、被告人車の右前照灯附近が右単車と接触するに至つたことは前示認定のとおりであるが、原判決挙示の各証拠に当審における事実取調の結果を勘案して検討するに、右吉村運転の単車は右北行車道の中央部分よりやや西寄りの位置を右乗用車に追尾して進行し、同乗用車は同車道の本件道路の中央線寄りに位置して進行していた関係にあつたため、被告人車が南行車道上に右折横断を開始しようとした時点においては、右単車は右乗用車に遮蔽されて発見できない状態にあつたことは所論主張のとおりであるけれども、右単車および乗用車が進行していた右の如き位置関係に徴すると、被告人車が南行車道から中央線を越えて北行車道に進出すれば、それも被告人の運転席の位置等に鑑み、少くとも被告人車が右斜の状態のまま約二米程度中央線を越えて北行車道内に進入した地点において、右単車は十分発見可能な状態になるものと思料され、右の状態に達するのは被告人車が右折横断を開始してから、その時速、距離等に照らして約1.5秒後であると認められるところ、その時点における被告人車と右単車との相互の距離は、被告人車が右折横断を開始する時には右単車は前示の如く被告人車から約五三米乃至五八米南方の地点にあつて時速約三五粁乃至四〇粁で北進し、一方被告人車は時速約七粁で進行して両方から接近したことに徴すると、約三五米乃至三九米であると認められる。そして右の距離は相互に相手車を現認することが可能となつた距離であつて、被告人が右の距離で右単車を発見してその正常な交通を妨害しないため直ちに急制動の措置を講じておれば、右の地点から停車するまでの距離を加算しても、被告人車は右斜の状態のまま進行していたのであるから、その停車地点から北行車道西側端までの間には約2.5米の余地を残すものと思考され、従つて幅員4.75米の北行車道の中央部分より西寄りの位置を進行していた右吉村進運転の単車は、そのままの進路を維持しながら被告人車と接触することなく安全に離合し得たものと認められる。しかるに前示の如く被告人は左前方約一四米の地点に右単車を始めて発見したもので、結局被告人が左方(南方)に対する注視を疎かにしていた自動車運転業務上の過失も本件事故発生の一因をなしているものといわざるを得ない。
所論は、本件交通事故の発生は右単車を運転していた被害者吉村進が前方注視を怠つていた過失に因るものであり、かつ同人が被告人車との接触を避けるためには、急停車の措置をとるか、あるいは僅かに左方(西方)に進路を変ずる等して容易に避譲措置がとり得たにもかかわらず、右の方法を講じようとしなかつた同人の一方的な過失に因るものであると主張するけれども、右認定の如く相互に現認可能な距離として約三五米乃至三九米の余裕があつたことから、右吉村においても被告人車との接触を避けるための方途を講じていない点において相当な落度があつたことは首肯されるものの、本件事故の発生について被告人の過失の存在を否定できないことは前示認定のとおりであり、また右吉村が右の如き避譲措置をとらなかつたことについては、同人運転の単車が被告人車に衝突したのは、原判決挙示の証拠に照らすと、被告人車が急停車したのと同時か、あるいはその直後であつたと認められ、従つて右吉村が前方注視を守つておれば右の距離関係に達したとき被告人車を現認することが可能であつたとはいうものの、その時点において直進車優先の状態にある同人の進路上に被告人車が横断進出して来ているのであり、しかも被告人車はその時には停車していた状態にあつたのではなく、なお進行を続けていたのであるから、右吉村において被告人車が自己の進路上を横断通過するものと考えてそのまま進行を続け、減速や、急停車の措置または進路を変ずる方法等を講じようとしなかつたとしても、所論の如く強く非難されねばならない程のものであるとは思料されない。なお、被告人は、単車が乗用車の後方に近接していたため発見困難な状況にあり、約一四米に接近して始めて発見した旨主張するが、発見困難な状況は相手方の吉村の方にも言えるわけであり、両車が約一四米に接近した時点においては、被告人車は進行中であり、(単車を発見してから急制動をかけ、約1.9米先に停車した)従つて時速約三五粁乃至四〇粁(秒速約9.7米乃至約11米)で進行中の吉村としては、反応時間に約一秒を要することを考慮すれば、危険を感じて間もなく急制動をかけたほかに、さらに進路を左方(西方)に変じて衝突を避ける等適切な措置を講ずることが必ずしも容易であつたものとはいえない。いずれにしても、本件事故発生について、吉村に相当の過失があるものの所論の如く同人の一方的過失に帰せしめることは酷に失するものと思われる。(本間末吉 松井薫 梨岡輝彦)